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2014年1月2日木曜日

小室哲哉が語る歌手になれる人となれない人の違い

【小室哲哉さんの言葉】 
僕と桂子の馴れ初めは、一瞬の声だった。今振り返れば、「馴れ初め」ということになるが、その時点は「出会い」と言ったほうが正しいだろう。
94年9月、デビューを夢見る彼女は、歌手オーディションに参加した。審査員長は僕だった。が、申し訳ないことに、彼女が歌い始めた時、僕はなぜかステージ裏にいた。
何か緊急の連絡事項があったのか、定かな記憶はない。確かな記憶があるのは、舞台裏で聴いたにもかかわらず、彼女の合格を即決したことだ。
当時の桂子ほど、一瞬にして合格を決める声は、異例中の異例である。しかし、たいていは、合否を決めるのに3分間も歌を聴く必要はない。極論すると、「はじめまして」と挨拶をした時点で、もう5割方は決まっている。
たとえば、美輪明宏さんの性質なら、あらゆる音楽プロデューサーが10秒以内に合格の札を上げる。美空ひばりさんや松田聖子さんなら、歌い始めた瞬間、合格決定。声の倍音構成が余りにも素晴らしいからだ。
KIEKOもそのうちの一人である。globeの「Sa Yo Na Ra」を聴いてみてもらうといい。倍音構成の素晴らしい声がどういう響きかわかってもらえるはずだから。
音楽の勉強や歌唱トレーニングをすると、音痴はある程度解消できる。それなりのリズム感も身につく。しかし、性質だけはどうしようもない。
いつも基準は同じだ。聴くのは性質。「そこだけ」と言ってもいいくらい集中する。
自分自身声が「○」か「☓」かを、歌いながら自己判定するのは不可能だ。鼓膜以外にも、骨伝導が影響してしまうからだ。いちばんわかりやすい自己判定法は、多重録音のできる・・・
感動。小室哲哉「死の淵から僕を連れ戻したのは桂子だ。」 

avex松浦社長「小室さんがいなかったら、EXILE、倖田來未なども生まれなかった。」

【小室哲哉さんの言葉】
保釈中、ピアノを弾ける環境を与えてくれたのも松浦社長だ。逮捕されてから始めてピアノを弾いた日のことを、彼は証言台でも話してくれた。
「朝が来るまで、延々とピアノを弾くのを見て、本当に音楽が好きなんだと思いました。もしも小室さんがいなかったら、今の自分も会社もなかったし・・・。たとえばEXILE、浜崎あゆみ、倖田來未なども生まれなかった。だから、僕の恩師です。」
確かに僕は、ヒット曲を作ったし、その曲を育てもした。しかし、「アーティストやスターを育てたか」と訊かれたら・・・答えはノーだ。

松浦・千葉の両氏は、人間としてぶつかり合いながら、浜崎あゆみさんにしても、倖田來未さんにしても、育て上げた。hitomiも、ELTも、EXILEも。その功績たるや、日本芸能史において燦然と輝いている。
一方、僕自身が「育てた」と言えるボーカリストは、globeのKEIKOだけなのかもしれない。
彼女にしても、デビューしてからの5年以上は、お互い甘え下手なせいで、実は打ち解けてはいなかった。
だから、彼女は自力で道を拓いてきた。僕が「育てた」と言えるのは、『Lights』というアルバムからだ。
それは9・11に衝撃を受けて作ったアルバムだ。
感動。小室哲哉「死の淵から僕を連れ戻したのは桂子だ。」 



感動。小室哲哉「死の淵から僕を連れ戻したのは桂子だ。」

【小室哲哉さんの言葉】 
死の淵から僕を連れ戻してくれたのが桂子だ。生と死を改めて考えさせてくれた。「生きるんだ」と思わせてくれた。
それ以前の僕は、誰と暮らしても、誰と付き合っても、自分を否定するような話をしたことがない。努めて自らの弱さをかくしていた。
ところが、桂子だと、自分をさらけ出すことができる。
自分でも不思議になるくらい素直に、本音が言えるのだ。
彼女はいつも笑顔で支えてくれる。
「生きたい」という光を与えてくれた桂子、「死んでもいい」という僕の心の闇も見てきてくれた桂子、
彼女に僕は「女神」という曲を贈った。

小室哲哉が語る歌手になれる人となれない人の違い


2013年12月24日火曜日

♪FACES - PLACES



One more drink 何か飲ませて 明日につながるようにうまく酔わせて どこかに泊まるのと街をさまようのと どっちが悪いなんて誰が決めるの? 愛してくれてるあなたが決めるの?

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